ショートストーリー: 夜の水筒

in #japanse6 years ago (edited)

展覧会のために友人からコーヒーにまつわるストーリーをリクエストされて、書いたショートストーリーです。

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5年前にキューバに旅行したとき、私はカサ・パティキュラールというキューバ版Airbnbみたいなサービスを利用して、民泊をしていた。

予約のやり取りは、英語のメールでできて、この家のオーナーも英語が話せると書いてあったのだけれど、実際には、英語を話すのは隣の家に住んでいるオーナーの息子だった。私が泊まることになった家に住んでいたのは、スペイン語しか話さないおばちゃんであった。

待っていなくてもいいと言ったはずなのに、一人旅をしている20代女子が心配なのか、必ず毎晩、TVを見ながら揺り椅子で前後にゆらゆらしながら、私の帰りを待ってくれていた。かといって、私のスペイン語は、「こんにちは」「お腹が空いた」「トイレはどこ」の3点セットだったので、指差し会話帳より広がることはなく、TVの画面を一緒にゆらゆらしながら眺めたりもした。

ある夜、英語ができる姪っ子が来ると、おばちゃんの目は輝きだし、私は「ずっと一人で旅しているのか、一人で旅行するのは楽しいのか、結婚しているのか、結婚したことはあるのか、結婚したくないのか、子供はいるのか、欲しくないのか、彼氏はいないのか、どんな仕事をしているのか・・(続)」、一人旅好きの20代後半日本人女性のマーケットリサーチができそうなくらいの質問を受けたものだった。

日本だと意味もなく気を使われたりすることが逆にうざいと思ったりするけれど、逆にワケアリなんだと察してくれてよいから、放っておいておくれと思いながらも、これも民泊の醍醐味だと日記には書きとめた。

ある日の夜私が帰ると、なにやら私のためにコーヒーを作ってくれたという。椅子に揺られるおばちゃんの指をさす方向を見ると、ビンテージの木製のテーブルの上に、レースのランチョンマットが敷かれて、その上にマイメロディの水筒と小さなかわいいエスプレッソカップが置かれていた。正確には、マイメロディ風、と言えばよいだろうか、どうみてもパチモノじゃないか、いったいどこから輸入されたんだろう、やはり中国からだろうか、と思いをはせていると、おばちゃんは手でジェスチャーをしながら飲んでみなさいと言う。

いや、夜11時にキューバの濃いコーヒーなんて飲んだら眠れなくなるではないか、と思ったが、説明もめんどくさい(というかできない)ので、「Si」と言ってエスプレッソカップにコーヒーを注いで飲んでみる。すると、いつもの超濃いエスプレッソに山盛り砂糖のキューバンコーヒーではなくて、たしかに濃いエスプレッソなんだけれど、まろやかな甘さでブランデーのようなすーっと抜けるいい香りがして、今まで飲んだことがないコーヒーだった。なんとも魔法のような味で、マイメロディーのボトルはどんどん軽くなっていった。

なんだろう、ラムが入っているんだろうかと思いついて、ジェスチャーを最大限に使って、「ラム?」と聞いてみたら、なんだ、ラムが欲しいのかと言われていやいや違うのだ、、この「中に」入っているかと聞けばいいんだから、inってスペイン語でなんだっけ、・・と考えてみるけど、いっこうに出てこないので、元気にもう一度「おいしい!」と言ってその場を切り抜けたのであった。

英語ができる姪っ子が滞在期間中来ることははなく、ラムを入れていたのか、マイメロディの中で砂糖がミラクルに発酵したのか、それともおばちゃんの秘密のドラッグが入っていたのかは、結局分からずじまいだった。ただその夜はぐっすり眠ることができた。